時はコロナ禍。
入場制限もあり、病院の入り口付近は、受付に並ぶ人が大勢いた。
しかしこちらは一刻を争う。
列をすっ飛ばし、受付の人に「妻の陣痛が始まった」と伝えると、「分娩室には連絡してある?」と聞かれたので、「もちろん」と答えた。
すると問題なく「〇階に行って」と通してくれた。
受付に並ぶ人の列をすっ飛ばす時、エレベーターを目指して歩いている時、エレベーターに乗り込もうとした時…いろんな場面でいろんな人が、ヨロヨロ歩きでおなかの大きい妻を見ては、我々に向かって「成功を祈るよ」と声を掛けてくれたのが、とても嬉しかった。
まったく知らない人にこういう言葉を掛けられる人間に私もなりたい。
そんなことを思った。
ちなみに後日、妻とこの時の話になったが、妻は陣痛がひどかったので、たくさんの人に声を掛けてもらってことは一部分しか覚えていなかった。
【7時20分、分娩室到着】
もうこの時点で、妻は陣痛のせいでほとんど正気を保っていなかった。
分娩室のベッドに横になり、助産師さんたちがCTGのためのベルトを妻につけようとするが、体勢を変えたり、妻の体に何かアクションが加わるたびに、妻はとんでもなく苦しそうな顔をして、浅くて速い呼吸をしながら叫んでいる。
CTGを装着したら、聞き慣れたあの音が聞こえてきた。
「ゴワンゴワンゴワンゴワン…」という元気な音は、ここでも同じだ。
ほとんど私の声など聞こえていないであろう妻に何度も「もうすぐベビちゃんに会えるからね!」と声をかけ、元気づけた。
あとになって思ったのだが、人によっては、痛みで苦しんでいる中、何も声掛けなどしてほしくないものなのだろうか。
…と思うくらい、私の声は妻に届いていないようだった。
【7時32分、子宮口は…】
妻の表情は苦痛にゆがみ、それは時間を追うごとに強くなっている。
助産師さんが指で子宮口を調べてくれた。
「ほぼ10センチは開いてる」
痛みで我を忘れかけていた妻もこの言葉にはさすがに驚いたようで「え、もう10センチも開いてるの?」と聞き返していた。
つまり、もうベビすけはかなり下に降りてきていて、そろそろ最終段階に臨むタイミングだ。
助産師さんが「ドクター呼んでくるね」と言って、いったん部屋を出ていった。
【8時過ぎ、破水】
正確な時間は忘れてしまったが、8時を少し過ぎたくらいにはもう、妻のレギンスと下着は血と体液でびしょびしょになっていた。
妻に声を掛け、水をあげたりすることでこちらもいっぱいいっぱいだったのだろう。
破水していたことに我々はまったく気づいてなかった。
助産師さんが2人、そしてドクターも戻ってきた。
痛みでパニックになりそうな妻のレギンスと下着を脱がせ、そして妻と一緒に呼吸を整えながら、妻のいきみを手伝った。
当然だが、助産師さんもドクターもドイツ人。
そして話す言語はドイツ語(もちろん英語も可能だろう)。
妻は、意識のほとんどが「痛みに耐える」ことに向いているため、助産師さんやドクターの言うことはすべて私が同時通訳して妻に伝えた。
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