午前11時20分、病院に到着した。
時はコロナ禍の真っ只中。
コロナ前はなかった問診票への記入と、検温を入口で求められる。
妻と待合室で待つこと10分ほど。まず私が呼ばれた。
妻と私が冗談っぽく呼んでいた通称「チコチコ・ルーム」に、私だけが入る。
部屋に入ったことを妻にラインで伝えると、妻からは「リラックスして頑張ってね」と返事がきた。
【いったん帰宅】
チコチコ・ルームに入り、だいたい20分ほどが経過した頃、看護師さんに渡されたカップに私のオタマジャクシは放流された。
コロナ禍のため、妻がいる待合室には寄れず、チコチコ・ルームから直接出口へ向かわないといけなかった。
部屋を出た旨を妻に伝え、ひとまず私は帰宅へ。
実はこの日は、職場で大変お世話になっていた同僚の、最後の出勤日だった。
体が2つあれば、このあと出勤してお別れを伝えたかったのだが、しかし妻の迎えは今の私にとって最優先すべきことだ。
なので私はこの前日、その同僚にあらかじめお別れの言葉を伝えていた。
電車に乗り、自宅近くのスーパーに寄って食料品を購入し、帰宅した。
【妻から連絡】
13時半過ぎ、妻から怒涛のLINEが送られてくる。
「今着替えて出てきた」
「めっちゃ痛い」
「イブもらって飲んだけど…まだ効かん」
「採卵中もずっと痛かった。痛みを和らげるための麻酔って感じだった」
「痛い~」
相当痛いらしく、その後もLINEが続く。
「痛い。もう着替えて普通の椅子に座らされてる。横になりたい」
「痛い」
「下腹部が全部痛い」
「イブが効かない」
ここから15分ほど連絡がなくなったが、14時くらいに再び妻からLINEが入る。
「『大丈夫?』って聞かれたから『めちゃくちゃ痛い』って言ったら、痛み止めの注射打ってくれた」
「ほいで今から先生と話があるみたい。看護師さんは『15時くらいに帰れるよ』って言ってた」
「ちょっと吐き気もあったから、吐き気止めも打ってもらった」
痛み止めの注射が効いてきたのか、この10分後くらいには「だいぶ痛みが和らいできた」と、妻が書いていた。
そして妻と同じ部屋で休んでいた女性はこの日が2回目の採卵だったそうだが、前回は妻と同じく、とんでもなく痛かったらしい。。。
【妻を迎えに】
15時に迎えに行くね、と妻に伝え、急いで夕ご飯のサラダとスープとパスタソースを作成。
時間に追われ、バタバタしながら家を出た。
妻はその頃、部屋での休憩を終え、階下に下りてきた。
受付近くの待合場所では、妻と同じように今日採卵した人たちが大勢待っていた。
名前を呼ばれた妻は、受付で書類を受け取る。
受付で「全部で9個の卵が取れた。もっといっぱいあったけど、小さすぎたから取るのはやめておいた」と言われたらしい。
まだジンジンとした感じは残っているが、先ほどのような激しい痛みは徐々に消えていったようだ。
【太陽】
予定より1時間くらい遅れ、15時50分くらいに妻が病院から出てきた。
よっぽど痛かったのか、今朝の妻と比べると7歳くらい老けこんでいた(苦笑)
2人で病院の敷地を出て、ふと空を見る。
時期的に、ドイツでは灰色の曇が上空を覆っていてもまったく不思議ではない頃だ。
だが、この日は違う。
約1年前、我々に初めて授かった命が、妻のおなかの中で短い生涯を終え、手術によって妻の子宮から出された日。
あの、つらくて、悲しくて、一生忘れない日。
あの日、妻を病院に迎えに行った時、青空がくっきりと見えていた。
そして今日も、強い風がびゅうびゅう吹く中、太陽がしっかり顔を覗かせている。
妻も青空が気になっていたようだ。
「らんたろー、迎えに来てくれてありがとね。しかし今日は天気がいいね」
採卵をした今日という日が、我々の新しい一歩になってくれることを、お天道様に願わずにはいられなかった。
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